ウェブに学ぶ

大学などの高等教育の授業内容やスライドなどを"フリー"でウェブ上に公開するオープンエデュケーションという潮流。かならずしも「すべての人に等しく教育の機会を」という崇高な理念の元にはじめられたのではなかった。90年代のITバブル期にはそれで収益を上げようなどと目論んでいたのがバブル崩壊の影響もあり「どうやらこれはマネタイズできない」とわかったところで、プロジェクトを辞めてしまうのではなく「だったらこれをもう無料で公開しちゃおうか」ということで今に至っているとか。そんな意思決定は日本ではあり得なさそう(笑)

この教育(学び)に関する革命的な変化を自分の子供たちの世代の話にしてしまわないで、自分も当事者としてこの中にいられるようなポジション、つまりはこれらの教材に積極的に触れていきたいと思う。慶応大学SFC村井純さんの授業をitunes U経由iPadで見たときにはその臨場感に感動した。そしてまた別の大学での提供コンテンツで、iPhoneアプリの作り方講座のような授業が英語であったのでこれも見てみたがやはりこれは理解するにはハードルがある。まさにここが普通の日本人に立ちはだかる壁だ。

それでも自分は日本からはすっかり見えなくなってしまったという『グローバルウェブ』の中にいたい。ローカルウェブの中で終わりたくはない、必死に努力してグローバルウェブの枠の内側に位置しなきゃ駄目だと感じた。


自分にとってもっとも印象的な内容は本の最後の方に書かれています。

「社会を変えるために何をすべきか」ではなく「社会変化は不可避という前提で、個はいかにサバイバルするか」ということをずっと考えてきた人間であるということ。つまり社会をどうこうとか言う前に、個がしたたかに生きのびられなければ何も始まらないのではないか


まさに自分が日々感じている危機感はこれだ。国という枠で言うと日本人がそのローカル性の強さ故に、グローバルな変化に置いていかれるのではないか?さらには国がどうこうと言う前に自分がまずグローバルに繰り広げられる職・仕事の争奪戦に勝たないとなんにも始まらないという想い。

もっともこの危機感はネガティブなものではなく、1995年にローカルからグローバル(実際はアメリカだけど)へと戦いの場を移した野茂英雄のように、自分自身の職業を愛しながら世界で活躍していきたいという気持ちがベースとなっている。


ウェブ進化論」では「インターネットのこっち側とあっち側」というモノの見方が確立したが、これから数年はこの「ウェブで学ぶ」の影響を受け、グローバル/ローカルを分ける溝を意識しながら活動していくのだと思う。


日を分けて読んでしまったので週末に一気に再読しよう。


ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)

ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)